ジョブズ健康報道のまとめ:Steve Jobs Health Reportings - Roundup

スティーブ・ジョブズ氏が14日(米時間)、休業を宣言した。「取締役会が株主への報告義務よりCEOのプライバシー保護を優先した」という批判も再燃しているけど、業務の一線から退いたことで報道合戦も一段落だ。ポイントをまとめておこう。

2004年すい臓がん手術の前例


 
"The trouble with Steve Jobs" by Peter Elkind (c) Fortune

2005年6月、ジョブズ氏はスタンフォード大卒業式のスピーチで、2004年にすい臓に腫瘍が見つかり余命半年と診断され1日悩んだが手術で治る病種であることが分かって手術して治った…と語った。

ところがこの病気(島細胞神経内分泌腫瘍。ソース:2008年7月26日付けNYタイムズ)の存在に気付いたのは実は、手術(膵頭十二指腸切除術、別名ウィップル手術。ソース:6月13日付けフォーチュン)の丸々9ヶ月前の2003年10月だった。

その事実をスクープした2008年3月5日付けフォーチュン巻頭特集にはこうある。
定期検診で腹部スキャンしたところ、すい臓に成長中の腫瘍が見つかった。すい臓がんは早期死刑宣告にも等しい場合が多いが、生体検査をしたところ氏の病態は稀にある治療可能な病態と判明した。手術で腫瘍を摘出すれば予後も安泰で、同じ手術を受けた人の圧倒的多数は最低10年以上生き延びている。
ところが内々にその秘密を打ち明けられた一握りの側近は、氏が手術を一切受けずに済まそうと考えていると知ってビビる。アップルCEOは仏教徒で菜食主義者。メインストリームの医療は信用していない。すい臓がんの治療もオルタナティブな治療法、つまり特殊な食餌療法によって手術を回避したいというのだ。この一連の対応はこれまで一切表沙汰にはなっていない。

ジョブズ氏は9ヶ月間、このアプローチを追求した。その間アップル取締役会と経営陣は、事の経緯やCEOの健康に関する情報を投資家に開示すべきかどうかをめぐって密かうに苦悶した。ジョブズはアップルにとってかけがえのないリーダーだ。iPodから社食シェフの人選に至るまで全責任を負う人だ。その氏の病状がニュース沙汰になれば、ことに結果が不確かなだけに株価の動揺は必至だろう。そこで取締役会は社外の弁護士2人に報告義務をどうしたらいいか助言を求め、2人とも「黙秘を続けて構わんだろう」という姿勢に同調したため、ここはとりあえず伏せておくことで方針が固まった。

結局ジョブズ氏は2004年7月31日土曜、自宅に近いパロアルトのスタンフォード大医療センターで手術を受けた。死の淵から生還した衝撃の事実については厳重に緘口令が敷かれた(ジョブズとアップルのことは何でもそうだが)。実際、ジョブズ氏の腫瘍摘出が終わるまで社外にはひと言も口外されなかった。手術の翌日、社員宛てのメール(後に報道された)で氏は、生死にかかわる病に直面したが“治った”と元気に報告し、9月には仕事に無事復帰すると全社員に約束した。こうして手術のことを発表した翌日は取引再開後もアップル株の下げ幅はたった2.4%にとどまった。

アップルはCEOのプライバシー保護を盾に、氏の病状についてそれ以上の質問には一切答えず、病気がどれぐらいの期間続いたのかさえ公表しなかった。増してや手術回避を考えていたなど誰一人知る由もなかった。ジョブズ氏に秘密を明かされたある人物は微妙な話なので匿名を条件にこう語っている。

「あれは私たち全員に大きなトラウマとなる出来事だった。[...]みんなスティーブのことは心から大事に思ってる。それが同時に企業にとって深刻なリスクでもあった。とても感極まる、難しい局面だった。まあ、今となってはあれもアドベンチャーの1ページだけどね」

要するに手術が成功するまで一切外には口外されなかった。昨年から「ジョブズは元気」とアップル広報(およびヨーグルト屋)が何遍繰り返しても不安と憶測が鎮まらないのは、この2004年ショックの後遺症なのである。

報告義務はある?ない?


しかし、医療情報は個人情報だ。他人が詮索すべき筋合いのことではない。上場企業の経営執行責任者の場合、その辺の兼ね合いはどうなのか? コーポレートガバナンスセンターのジョン・コフィー所長は1月14日付けのフォーブスにこう語っている。
連邦法では企業のリーダーが重病でも、それを世界に公表しなくてはならないという取り決めはない。「自分が重病と知りながらそれを口外しなくても、CEOは責任は問われませんよ」とコロンビア大ロースクール法学教授アドルフ・A.・バール・プロフェッサーのジョン・コフィー(John Coffee)氏は語る。「詐欺禁止条項では“物質的な嘘(material lies)”はついてならないと定めています。が、かと言って定期的に真実をすべて述べ、四半期に1度これこれの時期にかくかくしかじかの情報開示をしろ、という具体的な取り決めはないのです」

ただし、スティーブ・ジョブズともなると事情は異なる可能性も。「市場が[15日木曜に]大幅下落したことでも分かるように氏の健康と病状は市場価格に物質的影響を持つんですね。仮に物質的な虚偽申し立てがあって市場が大幅に下落した場合には、(病気のことを隠したとアップルを訴えている株主たちの)原告弁護団はその観点から弁論を試みると見て間違いないでしょう」、「体調がこのように悪化して驚いているのは外野の我々もさることながらジョブズ氏本人かもしれませんね」(コフィー氏)

普通は創業者が引退すると世代交代を好感して株価は上がるものなので、参考になる前例も少ない。医師には守秘義務もあるし、結局は本人のモラル任せ。仮に本人が取締役会に報告し、取締役会でその情報が止まったとしても「黙秘は嘘にならない」という弁護も成り立つ。議論はどこまでいっても平行線なのだ。

NYタイムズ罵倒オフレコ事件


 

2004年の手術後、健康報道が再燃したのは2008年6月9日のWWDCカンファレンスの時だ。iPhone 3Gを発表したジョブズ氏があまりにも激痩せだったため、「がんが再発したのではないか?」という噂が投資家筋に広まった。

アップル広報は翌日、「一般的な病原菌(common bug)が原因であり、今は抗生物質を服用し回復中だ」と発表し、騒ぎの収拾に努めたが、NYタイムズのジョン・マルコフ記者は7月23日、氏に近い筋の人々(匿名)の話として、「がん手術の影響も残る中、ジョブズ氏は栄養摂取の問題を抱えている。痩せる原因を絶つ手術を今年受けた」と報じた。広報が言うような「一般的な病原菌」でもないが、投資家筋が懸念する「がん」でもない。これは貴重な情報だ。

すると翌日ジョブズ氏から同じNYタイムズのジョー・ノセラ記者にいきなり電話がかかってきて、オフレコを条件に本当の病名を教えたのである。
[...] これは驚いた。ジョブズ氏本人から電話があった。「スティーブ・ジョブズだ」と言って、こう切り出した。「おまえ俺のこと『超法規的存在とうぬぼれてる傲慢なやつ』だと思ってんだろう。俺はおまえのようなやつは『誤報だらけのスライム・バケツ』だと思ってる」。このなんとも聞き捨てならない前置きが終わると氏は、最近の健康問題について具体的な情報を教えてやろう、と続けた。ただし条件がある、オフレコに同意するならの話だ、と。

私はなんとか理屈をごねて条件を外してもらおうと粘ったが、「そこまでオンレコに拘るならもう話さない」と言うので渋々のんだ。オフレコなので、聞いた話の中身は書けない。ジョン・マルコフと一緒に今週報じた内容に事実と食い違う点は一切出てこなかった。「一般的な病原菌」という表現にはとても収まり切れない病状だが、命に関わるものではないし、がんの再発もない。(7月26日付け「Apple’s Culture of Secrecy」より)

Macworld欠席理由も一転

12月16日アップルは「Macworldから撤退する。ジョブズも欠席する」と発表した。その後、「病状悪化が本当の理由」について内部情報がよりによって Gizmodoに入った。「ジョブズはそっとしてあげようよ」と常々言ってるギズが自己矛盾も甚だしいが、さりとて握り潰せる類いの話でもない。この話は未確認情報として30日公表された訳文)。

CNBC、WSJが確認したところ、アップルは噂を否定した。

が、Macworld基調講演を翌日に控えた今月5日になってジョブズ氏本人が書簡で「欠席理由は“ホルモン・インバランス”」と発表。その9日後には「この1週間で、思った以上に病状が複雑と分かったので半年休業して治療に専念することに決めた」と発表した。

ノセラ記者のところには記者仲間から「昨夏オフレコで聞いた病名は、このホルモン・インバランスとかいうやつか?」との問い合わせが殺到したが、ホルモン・インバランスとは「違う」らしい。半年休業と聞いてノセラ記者は、「電話の時も相手のペースに巻かれたとは思ったが、まさか嘘つかれたとは思ってなかった。今となっては本当か嘘かも分からないな」と、15日の記事に書いている。

ジョブズ信仰もよしあし


以上が主な流れ。よく「ジョブズのことはもう放っといてくれ。彼はアップルにとってなくてはならない人なのだ」と言う人がいる(私も?)が、こうして全体を眺め回してみると、それも矛盾した話かも。

「唯一無二」、「なくてはならない」、「神」、「国宝」と崇める人がいるから体重ひとつで株価が動くのであって、株が動いちゃ困るからアップルは病状をひた隠しにし、ジョブズ氏は言いたくもない病状まで株主に報告しなくちゃならなくなる。で、アップルが隠すもんだからマスコミは追求の手を緩められない。 この悪循環は、なに?

氏も人間だ。病気もすれば伏せたいと思うのが当然だ。私の父だってずっと病気の話は伏せて母の病院の送り迎えを続け、ある日倒れて死んでしまった。伏せたいと思うからには、それなりの理由があるはずだし、それは尊重すべきだとも思う。しかし…

 
(c) Central Government of the People's Repuplic of China

不謹慎な連想で申し訳ないけど、秦の始皇帝は墓の完成を待たず、帝位継承の準備もないまま巡遊先で没した。側近は帰路2ヶ月間、魚の干物の車を隣にひかせて死臭をひた隠しに隠したという。

幸いジョブズ氏は健在で多くの人に愛され、世代交代を進めている。ブルームバーグの電話にも「そっとしておいてくれないか」といつもの調子で返している。ここはなんとか回復して、NYタイムズをスライム・バケツと呼ぶ元気を取り戻して欲しいものだと切に願う。

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As Mercury reportedtoday, Steve Jobs' announcement of a six-month medical leave has raised fresh criticisms from those who say Apple's board seems more concerned with shielding his privacy than with meeting its obligation to shareholders.

There's been an endless debate between those who demand full disclosure and those who argue he deserves a right to privacy. As Forbes noted, studies show when founders exit, the stock usually goes up, but Steve is quite different.

But as a human, Steve is non different from others.  We, too, sometimes suffer from illness and don't want to tell anybody about it.  Like my father who died while giving a ride to my mom to/from hospital.  He put my mom's health first and didn't tell anybody about his own pain 'till the last moment.  When someone keeps it secret, there's got to be a reason.

I don't particularly blame all those reporters covering the story either, because it's their job.  When I translated the insider's leak to Gizmodo about his deteriorating health, I by myself found it quite disturbing because Giz was a big promoter of "Leave-Steve-Alone." Oh well... there should be a reason for this one, too.

But now Jobs has stepped down from day-to-day job, and it's about time to putting a rumor-mill to rest.  We should also stop worshipping him as the indispensable leader, because it only obligates further reportings.  When we say "Leave him alone. He's irreplacable at Apple," we're missing the whole point.

Out of the blue, the ancient China's Shin Huangdi's episode popped up in my mind.  I know it's totally inappropriate to bring it up here, but... when he died on trip, two carts of rotten fish were carried alongside the wagon of the emperor's body to prevent people from noticing the smell...

Fortunately, Jobs is still alive, loved by many, making sure that Apple will outlive his absense.  He hasn't changed at all when he tells Bloomberg "Why don’t you guys leave me alone."  I wish him the best for a speedy recovery.


[Timeline]

October 2003    Jobs' tumor was discovered. Battled pancreatic cancer.
July 31, 2004  Jobs went through the surgery to remove the tumor.
Aug 1,  2004   Jobs released e-mail to all employees and told he had faced a life-threatening illness and was "cured," and that he'd be back on the job in September. APPL -2.4%
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March 5, 2008    Fortune, Peter Elkind, “The Trouble with Steve Jobs”; revealed Jobs delayed treatment for his pancreatic cancer for nine months while he pursued alternative medicine approaches.

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June 9, 2008   Jobs appeared startlingly gaunt at WWDC, stirring a rumor of recurrence of cancer
June 10   PR explains it's "common bug"
June 13  Why does Steve Jobs look so thin? - Apple 2.0
July  26   NY Times, Joe Nocera, "Apple’s Culture of Secrecy"(techmeme);  Jobs called a "slime bucket" and leaked that his condition is more than "common bug" but not a recurrence of cancer (details kept off-record)

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December 16, 2008  Apple's announcement of his absense from Macworld 2009
December 30, 2008 Gizmodo, Jesus Diaz, "Rumor: Steve Jobs' Health Declining Rapidly, Reason for Macworld Cancellation": One internal source
December 30, 2008 CNBC, Jim Goldman, "Apple's Jobs is (Still) Fine": Apple PR, Internal sources

January 5, 2009     Jobs: "hormon imbalance" causing weight loss
January 6, 2009     Macworld 2009 Keynote by Phil Shiller

January 14, 2009   Apple annonced Steve's six-month medical leave of absence: APPL -7%
                   CNBC, Jim Goldman, For Apple's Jobs, What a Difference a Week Makes

January 15, 2009  Bloomberg, "Steve Jobs May Have Pancreas Removed After Cancer"
                   Wired, "Steve Jobs Probably Won't Come Back to Apple
                   NYTimes, Joe Nocera, It’s Time for Apple to Come Clean"

UPDATE:
June 19, 2009  WSJ, "Job Had Liver Tnransplant"
On Friday night, after the new iPhone 3GS was released and the market hit high, WSJ reported Jobs had liver transplant about two months ago. " ジョブズ肝臓移植手術の噂は本当だった:Rumor was Right...Jobs Had Liver Transplant"

UPDATE2:
October 5, 2011 3pm Jobs died.
ジョブズ、死因はがん腫瘍による呼吸停止:Jobs Died of Respiratory Arrest, Pancreatic Cancer  According to the death certificate, he's been suffering from cancer for 5 years.  がん再発から5年、ジョブズ永眠

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