December 27, 2006

マックのりんごが欠けてる理由と「1984」:Bitten Apple and 1984 ad


One reader who came across my entry on John McIntosh questioned why Mac has a bitten apple logo. The short answer is here at Apple Museum, and the long answer can be found in Sarah R. Stein's long article.

In connection, I tried to introduce some background of 1984 ad. If you are not familiar with George Orwell's novel, full-version of The Wizard of Oz, post-war German film Metropolis, and The Machine in the Garden, I'd recommend you to start with Ted Friedman's article and Folklore.org.



拙ブログ「マックの名前の由来」を読んだ方からVintageComputerBBSに「なぜマックのりんごは欠けてるのか?」という質問があったようでMacテクノロジー研究所のとても面白い解説が紹介されていた。

アップルのロゴといえば共同創設者ロン・ウェイン(Ron Wayne@創業当時41歳、もう一人いるのだよ)が描いた「AppleⅠ」のロゴが一番古く、りんごの木にもたれかかって重力について考えるアイザック・ニュートン卿の素描だった。ただ、これでは縮小するとワケが分からないしインテリ臭いというので、1977年にジョブズ氏が「Apple Ⅱ」のロゴをアートデザイナー、ロブ・ヤノフ(Rob Janoff)に頼んで作ってもらったのが、あの6色リンゴ。これには知っての通り以下のような意味がある。
  1. 聖書で林檎の木は「知恵」の象徴。欠けた部分は知に相当。
  2. エデンの園で神の掟に逆らい林檎を噛んだイブはアダムとともに神の国を追われる。欠けた部分は原罪・快楽・人間性などを象徴。
  3. コンピュータ関連の企業なので「bite(ひとくち)」を「byte(バイト)」にかけた。
  4. 虹(AppleⅡの出力カラー)はよく見るとカラーの配列が逆さま。既成概念にとらわれないアナーキズムを表している。
なんかもう、「ダ・ヴィンチ・コード」のようなイコノロジー・ワールドなんだが、この手のシンボリズムは初の家庭用パソコンの到来を告げた「1984」(下)でも如何なく発揮されている。ちょうどShiro氏が今年のベスト広告に選ばれた「Get a Mac」のWSJ評を紹介されていたので、ストック原稿から引っぱり出しておこう。



1999年にUSTVガイドが「過去50年で最高の広告」に、Advertising Age誌が「1980年代のベスト広告」に選んだこのCMは1979年作品「エイリアン」、1982年作品「ブレードランナー」でおなじみ、リドレー・スコットが監督を務めた。

広告代理店は、マッケンナー広告部門を買収してアップル番となったChiat Day(1968年創業)。「Why 1984 won't be like 1984」という広告コンセプトはブレント・トーマスとスティーブ・ハイデンが1982年末から温めていた。

アップルは広告制作費としては破格の約70万ドルと広告枠1分に80万ドルを出し、ロケ先のロンドンにはスティーブ・ジョブズら幹部が出向き撮影に立ち会った。1983年10月ホノルルの年次営業会議でCMを初披露した動画はこちら。イントロの「フラッシュダンス」主題歌に時代を感じるね。

取締役たちの反応は最悪でボツになりかけたが、当初1分半の広告枠をジョブズとスカリーは大慌てで30秒分払い戻して危機脱出。テレビ放映は(ベスト広告応募用のものを除けば)翌年1月のスーパーボールのハーフタイム1度きりだが、これが最高視聴率46.4%を記録し、今に至るまでありとあらゆるメディアにタダ乗りし続けている。これを見た他社がスーパーボール広告に飛びついたのは言うまでもない(世界最高の広告枠の威光にも最近かげりが出ているが)。

出演者は総勢200名弱。ビッグブラザー役には英国のTV俳優デイビッド・グラハム、ランナー役にはモデルでまともにハンマーを扱える人材がなかったことから、現地のフィットネスクラブでスカウトした円盤投げ選手アンヤ・メジャーを起用し、エキストラは英国の正統派スキンヘッドを日雇いで調達した。管理され統制され思考を奪われボケッと座るだけの超カンタンな役だが、同じハゲでもスキンヘッドなので暴れないよう見張るのが大変だったという話もある(Folklore.org)。

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以下は映像&マスコミが専門のSarah R. Stein助教授の長文記事などを参考にまとめた作品サマリー。

舞台設定はジョージ・オーウェルの小説「1984」。ブレードランナーの未来都市LAを思わせる無機質な世界は小説世界のディストピア(ユートピアの逆)、巨大画面に映し出されたビッグブラザーが語る言葉はNewspeak(英語から“自由”、“謀反”を表す語彙と文法を完全に消し去った架空の共通言語で2050年には英語に代わる、という設定)である。

第1場面:地下チューブを列をくんで進む囚人服の男たち。「情報、浄化(information/ purification)」…。走る女性がカラーでフラッシュバック。タンクトップに真紅のショーツ、ブロンド、手には柄の長いハンマー。音階Dとワンオクターブ低音の不吉な電子音が不審者の侵入を告げる。

第2場面:全員白人男性。スキンヘッド。目はうつろ。ガスマスク。ライフル。円形トンネル。通路の壁には数フィートごとに監視モニターが取り付けられている。女性。「人間一人一人が…[...]反勢力の細菌が侵入できない安全な場所」。「勢力」という言葉が女性の映像に重なる。声のあるじ登場。モニター風の大画面から顔面がはみ出る年老いた男は頬がこけ、目はくぼみ、ハリウッドの典型的な扇動者の顔だ。

第3場面:ランナーの靴はレッド。力強いストライドで進む。後ろに迫る護衛。労働者は催眠術にかかったようにスクリーンを見つめる(ラクと言えばラクな役だよね)。「パワフルな武器(powerful weapon)」。テンションが上がる。「われわれ国民はひとつ(We are one people…)」。壮大な講堂。「意思はひとつ(...with one will)」。無表情な護衛たち。「目標はひとつ(One resolve)」。

独裁者の顔がいきなりフルスクリーンに。「大義はひとつ(One cause)。われわれの敵は...」。ランナーが槌を回し始める。シャツの胸にマッキントッシュのりんごのロゴ、ピカソ風に描いたパソコン。守衛がスピードを上げる。もうひと回し。声を張り上げる老人。「我々は混乱もろとも彼らを土に葬り去るであろう(we will bury them with their own confusion)」。女性は最後のスピンをため、槌を放つ。「勝利は我らの手中にあり(We Shall Prevail)」

老人の悪魔的な声めがけ空中をスローモーションで転回し、顔面にめりこむ槌。目を射る白光。言葉にならない悲鳴。烈風。口をあけて椅子にくくりつけの労働者たち。スクロールが流れる。
「1月24日、アップル・コンピュータよりマッキントッシュ発売。1984年は小説“1984”のようにはならない、その理由がわかるでしょう」

***

オーウェルが“1984”を上梓したのは1948年。戦後スターリンの恐怖政治批判がテーマの作品だが、この独裁者ビッグブラザーがアップルの広告ではビッグブルー(IBMの俗称)に挿げ代わっている。聴衆はMS-DOSとIBMのユーザー。その居ずまいは「機械が人間のようになるだけじゃない、人間も機械のようになっていくのだ」というカーライルの言葉を彷彿とさせる。また、機械に仕事を奪われた失業者にも見える。

円形トンネルは戦前ドイツのフリッツ・ラング作品「メトロポリス」(解説)にヒントを得た。 資本主義が支配者と労働者を分ける悲惨を描いたこの作品でラングは「支配者は地上、地下1階が機械、その下が労働者」という3層構造の舞台をあつらえている。広告の大講堂はメトロポリス支配者の館に瓜二つである。オーウェルが純然たる全体主義支配を描いたのに対し、ラングの映画の方はまだ反乱の余地がある、という違いがある。

女性はマックのユーザーでありマックそのもの(マックは女性なのね)。色鮮やかなイメージは、ブリキの世界に空色のスカートで躍り出た「オズの魔法使い」のドロシー。老人が魔法使いなら、槌は犬のトト。女らしいボディラインは同じ年の映画「ターミネーター」の女主人公サラ・コナーを思わせる。

広告「1984」はパソコンをツールからコモディティに変えた。百貨店のショーウィンドウを色と光で満たしたように、アップルはパソコンの灰色のウィ ンドウを色と光で満たす。ランナーの女性はポスト・エデンの人間社会、命の再生産、underdog(負け犬、社会的弱者)の象徴であり革命家だ。個人に力を取り返す。意思は固い。

レオ・マルクスが1969年に書いた「The Machine in the Garden」にも解読のヒントがあるということだが、日本ではマイナー本のようだ。

***

アップルはそれまで、ヨーコ・オノとジョン・レノンが出演した番組の名司会者ディック・キャベットやケビン・コスナーに「ライフスタイル広告」をやらせていたが、ジョブズのビジョンを正確に伝えるには「アレゴリーがどうしても必要だった」。これは昨年出版「Electric Dreams」で本広告の解説をまとめたテッド・フリードマン教授がこちらに書いている。

同教授の著述で興味深いのは「企業支配から個人を解放する」というコンセプトで売り出したApple Ⅱも、ふたを開けてみればメインの顧客は初の表計算ソフトVisiCalcに飛びついた企業ユーザーだった、という点。

「取り残されたその他大勢(the rest of us)」がPCに流れてしまったのは全く皮肉な話だが、広告「1984」がなければマウス(Lisaが初代導入モデルだがブレイクには至らなかった)は相変わらず業界で玩具扱いだったろうし、PCもここまでは伸びなかった、とされる。

因みにアップルは翌1985年もスーパーボール広告「Lemmings」(下)で二匹目のどじょうを狙ったが、PCビジネスユーザーがレミングみたいに崖からバッタバッタ飛び降りるあんまりと言えばあんまりな設定で大コケ、代理店のChiat Dayは担当を外された。



参考資料:
"Apple's 1984: The Introduction of the Macintosh in the Cultural History of Personal Computers" by Ted Friedman
'The "1984" Macintosh Ad' by Sarah R. Stein
1984 - Folklore.org

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2 comments:

ちゃめ said...

 うひゃ!
 力作の投稿ですね。
 ふーむ。
 そんな出来事があったのですか。
>英国の正統派スキンヘッド
 笑。
 1985年の CM は…、裏にある思想が1984年に比べると薄く見えますし、皮肉の対象が視聴者そのものに見えては…、コケるでしょうね。
 と、結果を知っているから言える?(笑)

satomi said...

うんうん。これから物を売ろうという相手がどんどん飛び降りていくのは…まずいです。笑

これを歴代最高視聴率の1985年に地元スタンフォード大スタジアムでサンフランシスコ49rsが圧勝という試合の途中に流してしまった…。

さすがにみんな、ムッとしたようです。今見ると面白いですけど。

MacComedy.comに収蔵されてます。

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