January 11, 2006

マックの名前の由来:Story of John McIntosh

macintosh
In the following Japanese article, I'm talking about the Story of John McIntosh who discovered the first McIntosh apple in Canada. As you know, it's Jef Raskin's favorite apple varietal that Apple's Mac is named after, though spelled differently. If you see the sign in grocery store saying Macintosh, that's a very, very common misspelling, don't blame them...;)

The b/w photo of the first McIntosh tree is here. Their family legacy is worth reading.

こちらの林檎はマッキントッシュ(McIntosh)。
そ う、ジェフ・ラスキンの好きな林檎でマック(Mac)の由来にもなった林檎だ。コンピュータの方が有名になってしまったのでスーパーでも時折「Macintosh」となってしまっているが、正式な品種表記は「McIntosh」が正解。

緑 色がかった赤い皮はごわごわと厚く、果肉は純白。口に含むと甘酸っぱいジューシーな果肉がほろほろと崩れて溶け、林檎らしい独特の香りがじゅわっと体に染み渡る。ちょっと日本の紅玉に似たサワーな 味わい。交配品種は Summer Mac、Marshall Mac、Linda Mac、Roger's Macなど数え上げたらキリがない。さすがにIntel Macはないけどね。

今では米大陸に300万本植わっているこのMcIntosh林檎。大元は1本の木、ということはご存知だろうか? これを最初に発見した人の名前がジョン・マッキントッシュ(John McIntosh)。

以下はこの不思議な林檎とマッキントッシュ家の物語である。

***

時は1770年代。英国王室に忠誠を誓うロイヤリスト(王党派)はワシントン率いる独立軍に米本土を追われ、北のカナダに活路を見出す。

親と仲違いしてNY州北部の風光明媚なモハーク・ヴァレーに住むティーンエイジャー、ジョン・マッキントッシュも、「カナダで野良仕事でもやるか!」とこの一行にくっついて国境を越えた一人。

フロンティアを徘徊するうち身を固め、オンタリオ州ダンダス・カウンティに落ち着いたのは1796年。そしてこのダンデラ村にある義兄弟の農家と土地を買った1811年に、敷地内の森でジョンは樹齢約20年の林檎の幼木に遭遇する。

入植者にとって果物は宝物。大喜びのジョンはこれを何本か丁寧に掘り起こして持ち帰り、家のすぐ近くに植える。枯れずに残った1本はやがて秋が来る度、美味しい赤い実をつけ始める。ジョンはこの木を「McIntosh Red」と名づけた。

実から成木はなかなか育たない。1本しかない林檎の木をどう増やしたらいいものか?――この問題に最初に回答を得たのは9番目の子ども、アレンだ。

優れた語り手としてダンデラ村と周辺の教会に呼び声の高いアレンは、遠く離れた農家からも「説教に来てくれ」と引っ張りだこ。宣教の度にアレンは教会の冊子と一緒に自家製の林檎を配り歩いていた。

「田舎を転々としているヤンキー(アメリカ人)なら木の増やし方を知ってるらしいぞ」という話を小耳に挟んだアレン。そのうち農場で使ってくれないかと1835年に訪ねてきたのが、偶然にもこのヤンキーだった。

ピンときたアレンは早速雇って働かせ、このヤンキーが「接ぎ木」や「芽接ぎ」をするのをシゲシゲ観察。その冬場のうちに父と弟のアレクサンダー(通称サンディー)に手伝ってもらって春の植え付け用に接ぎ木を用意し、宣教先の農家に売り分けた。これが普及の始まり。

1845年に農家を継いだアレンとアレクサンダーはマッキントッシュ林檎の普及にまい進。アレクサンダーは州東部をまたにかけて接ぎ木の指導と営業に奔走し、その息子のハーヴェイ・オースティンはプロバンス一帯に何千本という木を広める。

親子3代で普及の波はアメリカに及んだ。

最初の林檎の木の方は1895年、家が火災に見舞われた折に半分こげてしまうが、残った半分はアレンの尽力もあって彼の死後1908年まで実をつけ続けた。アレンは1899年逝去。親木は1910年倒木。今もダンデラ村には初代McIntosh Redのあった場所から100メートルの地点に記念碑がある。

日本には明治23年、カナダのギシプさんという人が札幌農学校に寄贈したのが最初だ。日本名は「旭」。

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と、以上が林檎のマッキントッシュのお話。最初の木とジョンの写真はここ
ジョンだけが森の奥に見つけた、誰も目にしたことのない木、というところがちょっと神秘的ですね。

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