October 4, 2012

地図でコケるミニ・スティーブなのかな:Scott Forstall, Apple's 'mini Steve'

Does Apple have a Scott Forstall problem? - Apple 2.0 - Fortune Tech: Jason Matheson, a fellow Canadian with a knack for Mac programming, ran a quick Xcode script that compared the iPhone 5's map of Ontario with an official list of the province's cities and towns. Of 2,028 place names, Matheson reports, 400 were correct on Apple's Maps app, 389 were pretty close, 551 were clearly incorrect and 688 weren't on the map at all. "There's no excuse," Garner writes. "Quality control on Apple Maps had to have been terrible to not get this right. Bluntly, Scott Forstall should be fired over this mess."

Macプログラミングが得意なカナダのジェイソン・マテソンさんがXcodeスクリプトでざっとiPhone 5のオンタリオ州の地図と当局発表の州内市町村名一覧を照合してみたら、地名2028件のうち正解400件、惜しいのが389件、明らかな記載ミス551件、記載漏れ688件という結果だった。「弁明の余地もない。こんなことも正確にできないのでは、Apple Mapsの品質管理はずさんと言う他ない。スコット・フォーストールがクビになるレベル

Scott Forstall is the iOS chief who was on stage unveiling the Apple Maps in WWDC 2012.  More on Scott Forstall, the Sorcerer's Apprentice at Apple - Businessweek. この最後のスコット・フォーストール氏はWWDC 2012でアップル独自マップを発表したiOS開発ヘッド。ジョブズがNeXTから引き連れてきた懐刀であり、氏の遺志を汲む後継No.1と目されている人物だ。





アンテナゲート、Siri、そしてMapsの失敗3連打で、Mapsに至ってはCEO直々に謝罪…さすがに担当トップもお咎め無しでは済まないんじゃないの?…と思いたい人がいるようで。たぶん沢山いるんだろうね。

氏のプロファイリングは昨年のブルームバーグ/ビジネスウィークの記事「Scott Forstall, the Sorcerer's Apprentice at Apple 」が一番詳しい。あれから1年かぁ…。

Scott Forstall, the Sorcerer's Apprentice at Apple

Bloomberg/BusinessWeek, 2011年10月12日掲載

[抄訳]

ジョブズ危篤の重苦しい空気が支配する中、アップルは10月4日本社記者発表を催した。新発売のiPhone 4Sを主役にしたい思いとは裏腹に、カリスマ共同創業者の不在はひしひしと感じられた。満場の会場最前列の右端にはひとつ、黒幕で覆われた空席。黒地に明るい白文字で「reserved」とあるのは闘病中のアイコンに対するトリビュートだろうか。

90分のステージで真っ先に壇上に立ったのは新CEOティム・クックだが、話はゆっくり慎重で、今から思うと憂いを含んでいた。一度もジョブズのことには触れずじまいだった。新型iPhone発表を担当したベテラン営業チーフ、フィル・シラーにしても同じだ。iCloudを発表したインターネット・ソフトウェア&サービス部門ヘッドのエディー・キューも。経営陣はみな峠だと知っていたのだ。ジョブズが死んだのは、その翌日午後3時のことだった。追悼・賛辞の嵐が続き、それは今も続いている。

あのプレス発表でひときわエネルギッシュだった幹部が、スコット・フォーストール(Scott Forstall)という童顔の上級VPだ。発表ではiPhone OSの機能紹介を担当、最後にステージに戻ってシュールなデジタル秘書「Siri」を公開した。「君だれ?」と彼がiPhoneに訊くと、デバイスは「しがない秘書です」と答える。暗い会場が笑いに湧いたところでフォーストールは、文法度外視なところまでジョブズそのものな大風呂敷を広げてみせた。「That is absolutely blow-away」

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ジョブズ亡き後、アップル上層部におけるフォーストールの存在は重要かつ目立つものとなった。モバイル・ソフトウェア部門責任者として彼は、アップルの収益の約70%を占めるiPhone、iPadのオペーレーティングシステムiOSを総括している。現在42歳。トップ管理職最年少。故スティーブ・ジョブズの一番の代理人、ジョブズが唱えるテクノロジーのビジョンを最も忠実に伝える媒介者は彼かもしれない。「社内で彼ほどスティーブに近い人はいなかった」、「彼の言うことには誰もが耳を傾けた」(2011年夏までiAd部門トップだったアンディー・ミラー談)

大学を卒業後すぐジョブズの下で働いたフォーストールは、アップルの今の成功を支えた重要なアーキテクトのひとりだ。iOSは発表から5年足らずで地球上で最も金になる企業資産となった。彼の名は、iPhone画面のアプリアイコンの配置から指スワイプで端末をOFFにするメソッドまで計50件のアップル特許に記載されている。わけても重要なのは2009年に取得した「指コマンドで制御できるタッチスクリーン端末」の特許で、そこでは「Forstall, Scott」の名は2番目、上には「Jobs, Steven P.」の名があるだけだ。




フォーストールはいろんな意味でミニ・スティーブだ。人使いの荒い上司。細かいところに拘る。技術・機能のジャーゴンを平易な英語に直すのが得意。好きな車はメルセデス・ベンツSL55 AMGシルバーでジョブズが乗ってる車。ステージにあがる時の決め服まで黒靴、ジーンズ、首元チャックの黒セーターで、ジョブズなのである。(因みに普段仕事の時はReyn Spoonerのハワイアンシャツ愛用)

まだある。ここが肝心な点なのだが、評価がキッパリふたつに分かれるところも、これまたジョブズそっくりなのだ。部下の多くからは絶対的忠誠・忠義を得ており、彼のエンジニアは社内でもたぶん一番よく働く。同時にアップル元社員数名に取材した話によれば、上層部の中にはフォーストールとは一緒に働けないと辞めていった人もいる。その思いは上層部内に留まらない。iOS開発チームでシニアエンジニアとして働いていた元社員も、フォーストールと働くこと、彼が二言目には「スティーブだったらあんなのいいって思わない」と言うのにうんざりこいてアップルを辞めたそうだ。彼のようにフォーステールのチームに不満を溜めて辞めたエンジニアは他のシリコンバレーの会社に雇われていった、とあるCEOは語る。

元同僚ら(アップルとの関係が悪くなるのを恐れて誰も実名ではコメントしてくれなかった)によれば、フォーストールは同僚の手柄を横取りし失敗は人のせいにするのが常で、狂ったように政治的な動きをする人らしい。経営陣の他の幹部とも折り合いが悪く、例えばリードデザイナーのジョニー・アイヴ、Macハードウェア部門チーフのボブ・マンスフィールドなんかもティム・クックが同席しない限り彼の出る会議には出てこないのだそうだ。

社内の権力闘争はアメリカ企業では珍しいことではないし、野心的で評価が割れる管理職もゴロゴロいる。細部に拘り、仕事を成し遂げ、人の面子も意に介さないフォーストールはなんだかんだ言っても、ジョブズなき後のアップルには必要な人という見方もできる。「俺は一度スコットのことをアップル最高アースホール責任者って呼んだことがあるんだよ」と言うのは、2010年にアップルを辞めた同社元ソフトウェアエンジニアのマイク・リーだ。「別に悪い意味で言ったんじゃない。褒め言葉のつもりさ。スティーブ・ジョブズだって同じでしょ」

だがアップルがここまで目覚しい成功を収めた背景には、経営陣がひとつの共通のゴールに向かって邁進できた、という要因もある。社内の意見はどうあれ、経営陣はリーダーと足並みを揃えていた。そして会社はイノベーションの担い手という自負の下ほぼひとつにまとまってきた。

この記録的成功をポスト・ジョブズ時代も存続させる――これはアップルがこれまで直面したことのない新たなチャレンジだ。最高「決定」責任者を失った今、アップルは根本から経営のあり方を変えなければならない。毎週月曜日の定例会議でアップル幹部の意見が割れるのは毎度のことだが、今まではジョブズが最終決定を行なってきた。役員は新たな会長を起用し、もっと会社の方向性にも自己主張していかないと。ジョブズに忠実だった経営トップの人々はみな途方もない金持ちになった。彼らが逃げ出さぬよう気を配るのもクックの役目となるだろう。

[...]iOS端末は世界で2.5億台売れた。売上高はiPhone単独でも2007年発売以来700億ドル超。巷にはコピーが溢れ、フォーストールはiOS開発事業部を小さな極秘開発部隊から数百名規模のチームに育て、その一方でQuattro WirelessやSiriなど企業の買収もプッシュし、チームの影響力を強化していった。「欲しいものは何がなんでも手に入れる男だ」(AT&T社CETジョン・ドノバン談)


彼のチームは寸暇を惜しんで働く。同僚たちの話では、アップルでは金曜夜ビールの飲み会をやるのだが、iOSチームはそれもパスしてコード書きに励むことが多いそうだ。あまりにも働き詰めなので、社食のCaffe Macsのタダメシ券が消化しきれなくて山積みになってるらしい。iOSチームには「俺たちvs.アップルの残り」という、1980年代初頭のジョブズ伝説のMac開発チーム(別棟に拠点を構えジョリー・ロジャーの海賊旗をはためかせていた)が抱えていたのに似た選別意識がある。「アップルの知り合いのiPhon、iOSエンジニアにはみなそういうところがあるね」と語るのは、何十年もMacintosh対応ソフトを書いているインディーの開発者、Wil Shipleyだ。「この俺に、売上でiOSがMacを破ったって冗談で言うんだから」

一方フォーストールには別の顔もある。ジョブズとの関係を巧みに利用して自らの権益を拡大し、才あるエグゼクティブを大量に放逐した(ある元同僚談)男の顔だ。iPodチーフのトニー・ファデル(Tony Fadell)も、フォーストールと何度も衝突した後に辞めていった。匿名情報筋複数によると、2005年までアップルのアプリケーション部門CTOを務めたジャン-マリー・ハロットも、フォーストールと一緒に働きたくないことが辞めた理由のひとつだったという。ハロットは現在パリの写真共有サイトFotopediaのCEO。彼自身は新しいことに挑戦したかったからだと言ってるが。

フォーストールには、そばで働いた経験者に正反対の感情を呼び起こすところがある。仕事の鬼で、四六時中のしかかるプレッシャーによく耐え、業界の動向にも精通している、とべた褒めする人がいるかと思えば、名前を出すだけで不快感を露わにする人もいる。例えば2006年にパームに転職した元iPodチーフのジョン・ルービンシュタイン(Jon Rubinstein)も、先月シリコンバレーのパーティーで和やかに談笑していたらフォーストールの名前が出た途端、急にきびすを返してしまった。「グッバイ!」と言い残して。


スコット・フォーストールはワシントン州キットサップ郡の中流家庭で育った。3人兄弟の次男。親は看護婦とエンジニア(兄ブルースはマイクロソフト勤続20年の上級ソフトウェアデザインエンジニアだ。感謝祭で帰省した時には食卓囲んで何を話すんだろうね)。友人・同級生の間では、その界隈で真っ先にPCを買ったフォーストール家として知られる。中学では理数の成績の良い子が集まるクラスに入ったお陰で、定期的にアップルIIのある教室が使えた。「授業でプログラムの仕方を習ったの。彼にはとても簡単みたいだったわ。残りのみんなは四苦八苦だったのに」と、フォーストールと彼の高校時代の彼女モリー(現在の夫人)と長年家族ぐるみの付き合いのあるヘザー・ブロッキントンは振り返る。

フォーストールは1年飛び級して高校に進学し、ありとあらゆる競争に没頭した。チェスクラブ、全国歴史の日クイズ大会。そして「ナレッジ・ボウル」。ある年、彼のチームはその州大会で決勝進出を果たした。7年生の頃から彼を知っている元同級生ケイティ・カータムは「グループのプロジェクトでも手抜きはしませんでした。自分から買って出て完成するまで一生懸命やってましたね」と話している。

彼はGPA4.0(オールA)の優秀な成績で高校を共同総代で卒業した(総代のもうひとりは現夫人)。「ハイテク電子機器のデザイナーになるのが目標だ」と、当時の地元紙の記事にはある。「スコットにとってはクリエイティブな職種なところも魅力みたいだ」

[....ディベート好き。ステージ好き。高校最終学年の劇で主演に抜擢される。熱があるのにムリして出たら途中で具合が悪くなってステージから転落...]


大学はスタンフォードに進み、そこでシンボリックシステムの学士号取得後、コンピュータサイエンスで修士号取得。1992年の卒業と同時にジョブズ率いるNeXT Computerに入社し、同社の先駆的OSの開発に携わった。NeXTは1996年にアップルに買収され、ジョブズは暫定CEOに復帰し、フォーストールは再活性化後のMacintoshラインのUIデザイン担当となる。

2000年にはMac新UI「Aqua」のリードデザイナーとなった。透明なアイコン、反射などあしらったコンセプト。その発表のときジョブズは「舐めたくなるものを目指した」と言った。数年後には誰もがうらやむMac OS Leopard開発チームの管理を任された。「彼は本物の天才と思われていた」、「ライジングスターだった」(元CFOフレッド・アンダーソン談)

昇進すれば敵も増える。特に長く険しいiPhone開発の過程で敵は大勢できた。2005年、ジョブズは重大な決断に迫られた。モバイルのソフトウェア開発はiPod開発チーム(LinuxベースのOSを構築したがっていた)に任せるべきか、それともMacintoshのソフトウェアの基礎テコ入れを行ったエンジニアに一任すべきか? 要するにちっちゃいMacを作るか(それならエンジニアリングの最高傑作になる)、デカいiPodを作るのか、という選択だ。ジョブズは前者が好ましいと考えていた。その方が様々なアップル製品向けにカスタマイズできると考えたからだ。が、ジョブズは自分ですぐ選ぶことはせず、互いのチームにひとつ競争をさせて様子をみることにしたのである。

Mac中心のアプローチを率いたのがフォーストール。彼の司令のもと15人足らずのエンジニアのチームは、Apple OS Xを徹底的に削ぎ落とし、普通のコンピュータよりパワーもバッテリーも格段に少ないデバイスでもOSが動くかどうか見究める作業に乗り出した。

対するチームはファデルが率いた。iPod生みの親のひとり。2005年にはアップル史上最年少の36歳で上級VPに昇進を果たした、もうひとりの時代の寵児である。元アップル社員によると、この競争はそれこそ火を吹くようなすさまじさだったようだ。優秀な社員、リソース、注目、手柄の所在をめぐってファデルとフォーストールは激しい言葉の応酬を交わした。

結局フォーストールのチームはMac縮小版システムをなんとか動かすことに成功、ジョブズはこちらを選んだ。最初フォーストールは人の部署からトップの人材をこっそり奪い、iOS初期版を見せるのも拒否し、フォーストールら幹部をイラつかせた(フォーストールはジョブズの秘密主義を宗教のように崇めており、それは社内部署間にまで徹底していた)。2007年初代iPhoneにのってiOSが出荷されると、フォーストールの地位は否が応にも強化された。 社内のハードはすべてこのソフトとシームレスに連携しなくてはならないので、ファデルのようなハードウェア部門のエグゼクティブはフォーストールのエンジニアの応援抜きには、もはやどんな新機能も(もっとマシなカメラとか、あとブルートゥース対応のディスプレイなんかも)追加投入できない。フォーストールにアイディアを気に入ってもらわない限り、その仕事は決して日の目を見ないのである。フォーストールはiTunesのようなプログラムのiPhone版も自分のチームの内部で開発する、と言い出した。こうして2008年ファデルは辞めた。社内権力闘争に詳しい筋3名によれば、フォーストールとの張り詰めた関係も辞めた大きな理由だったという。

[...スティーブ・ジョブズも最初の10年は似たようなものだった。フォーストールは後塵を焼き払っても人の前に出るところが若い頃のジョブズそっくりかも…]

2008年にシニアVPに昇格する頃までには上にはウケがいいが下には悪い努力家という評価が社内で出来上がっていた。要するに自分の手柄が真っ先に認められるよう手を尽くし、失敗は人のせいにする、という意味だ。

[…無論、彼に批判的な人も彼の問題対応力と業績は否定しない…iTunesの中にApp Storeを設け、SDKをプログラマー向けにつくる部分を総括したのも彼だ。競合グーグルの上級VPヴィック・ガンドトラも「OSチームを率いる面ではベストなひとり」と賛辞を惜しまない。]

iPhoneがアップル快進撃の起爆剤となるにつれ、フォーストールの存在も目立つようになってきた。2009年、ジョブズが療養不在中、アップルの年次カンファレンスWWDCは彼がかなりのところまで取り仕切った。[... デモでは白衣×ゴーグル×ノイズキャンセリングヘッドフォン姿でiPhoneで風船膨らますデモに失敗。ギャグも全然ウケなかった。復帰後ジョブズはよくそのことでフォーストールをグリグリいじめてからかった)

2010年初頭、フォーストールはさらなる大失態を演じた。初代iPhone発売前までジョブズは、情報が外部に漏れるのを警戒し、社員が持ち出せる試作機の数を制限していた。ところがiPhone 4発売前にフォーストールはジョブズを説き伏せ、ネットワーク性能をテストし通話落ちを最小限に止めるという名目で部下のエンジニア数十名にiPhone 4試作機持ち出しを許可させたのである(当時課長だった元社員の証言)。案の定、3月にはiOSエンジニアが大量生産前のiPhone 4(ケースでiPhone 3GSに偽装していた)を加州レッドウッドシティのビアホール「Gourmet Haus Staudt」に置き忘れてしまった。その端末はテクノロジーブログGizmodoの手に落ちた。

iPhone 4発売後は発表後で、接続不良問題が「アンテナゲート(Antennagate)」へと発展。「ある持ち方をすると電話が切れる」という客からの苦情が相次いだ。打撃を最小限に止めるため7月にアップルが開いた記者会見である記者が「通信用ソフトウェアからくる問題という報道もありますけど」と質問すると、フォーストールはやおらマイクを奪って、ソフトウェアに欠陥など断じてない、そんなのは「お目出度い言いがかりもいいところだ」と宣言した(この点に関してはギズモード事件に精通している元アップル課長も、アップルと懇意の別会社のエグゼクティブも、実はiPhoneのソフトウェアが原因で起こる問題だった、と言っている)。

いずれにせよフォーストールはその不祥事の責任もうまく切り抜けた。そしてアップルはその後、クオリティー認証・テストの権限も彼に託した。それは彼のチームのソフトウェアが今後出るアップル製品(フラットスクリーンTVなど)の基盤となるのはほぼ間違いないという信用の表れだった。が、フォーストールにはアップルに残る義理はない。当局に出した書類によれば、この10年で彼は約237,000株(4250万ドル=33億3667円相当)の持ち株を売却しているのだ。ISIグループのアナリストは、フォーステールが辞めるならアップル株を下方修正すると言っている。[...]

彼を引き止める理由はまだ他にもある。彼はiOS開発者コミュニティの大司祭であり、アプリ開発の会社やプログラマー(グーグルから来い来いと誘いがかかっている人たち)にとってはグルのような存在だ。彼らにアップルはApp Storeでアプリを販売させ、過去2年で計30億ドルもの利益をもたらした。

こうしたプログラムの作成ツールはフォーストールが総括している。そのため開発者たちは彼の一挙手一投足に注目している。[...VCファームのクライナー・パーキンス・コーフィールド・アンド・バイヤーズが今夏催した席で主要デベロッパーが「もっとApp Storeの認可を早める高速レーンはないのか」と尋ねたら、フォースデールは「それは他の開発者に不公平、認可されると手抜きしかねない」と答えた。iPhoneをクレジットカード代わりに使えるNFCのことを聞かれると、逆に「開発者はどういうことに使うのか。それで消費者は何が得なのか」と尋ね返し、メモをとった。...]


デベロッパー側にも不満がないわけではない。まず、どんなかたちであれアップルのハードウェア部門とソフトウェア部門の協働が必要な意思決定事項は、CEO執務室まで上げないと決まらず、解決までに時間がかかり過ぎること。秘密主義のジョブズ在任中は目に触れないところに隠されていたことだが、こうした遅れが生じるのもアップル社内の部署間の緊張関係の現れである。

ジョブズとフォーストールは密に協力していた。同僚たちによると、フォーストールはジョブズにしょっちゅう会ってiPhoneやiPadの最新機能を見せ、オフィスに変更すべき点を箇条書きにして持ち帰っていた。幼馴染みが去年フォーストール家に行ったら、フォーストールは日曜にハンモックに寝そべってジョブズと電話中だったという。ジョブズがジョニー・アイヴのハードウェアデザインのラボでダベるのが好きだという話は有名だが、ジョブズのお気に入りはもうひとつあって、それが1階上のフォーストールのUIラボだった。

ジョブズがこの若きエグゼクティブを誇りに思っていたことは明らかだ。「ハードウェアが我々の製品の脳なら、ソフトウェアは魂だ」とジョブズはアップルの6月のWWDCで大観衆を前に言った。大体はフォーストールの仕事のことを指していた。フォーストールがiOS最新版の話を終えた後でステージに戻り際、ジョブズは愛弟子にこう言った。「グッジョブ」。そしてジョブズはアップル支持者のコミュニティに向き合い(結局これが最後になった)、「全部気に入ってもらえたかな?」と尋ねた。「まあ、コケないようにがんばるよ」



[Scott Forstall, the Sorcerer's Apprentice at Apple - Businessweek]

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