August 11, 2011

ケルンとコロン、オー・デ・コロンの起源:Köln, origin of Eau de Cologne

Holly Golightly sprinkles her neck with 4711
in 'Breakfast at Tiffany's'
Watching this video, I noticed Köln is spelled Cologne... OMG!  For all those years I used eau de Cologne, it never occurred to me that I was wearing 'water of Köln.'

Cologne sounds like French word of Italian origin.

German city Köln (Cologne) was one of the most important Roman colonies north of Alpi since 50AD.  Even now, if you visit Roman-Germanic Museum right in front of Kölner Dome (Cologne Cathedral), you still see a bunch of Roman statues that don't look a bit like German!

Under the rule of Roman Empire, the city used to be called "Colonia."  It simply means "colony."   So, you may be able to say 'Eau de Cologne' stands for 'water of colony.'

Anyway, it was an Italian guy in Köln who invented the magic water.

From The Origins of Eau de Cologne;
It all started with Gian Paolo Feminis, a barber from Val Vigezzo, who left his Italian homeland to seek fortune in Germany. While in Germany, he created a perfume water which he called Aqua Admirabilis. This Aqua was made from grape spirits, oil of neroli, bergamot, lavender and rosemary. When it was released in 1709, customers swept it off the apothecary shelves of Cologne with such speed that Gian Paolo recruited his nephew, Giovanni Maria Farina, to help with the demand. In 1732, nephew Giovanni took over the business and marketed the product as a consumable cure-all for a variety of ailments, ranging from stomach aches to bleeding gums.


さっき地球の輪っかの動画をボケッと観てたらケルン(Köln)の英表記がCologneで、コロンの「eau de Cologne」は「ケルンの水」だってことに初めて気づいてしまった。ひゃー気づかずに死ぬとこだったよ!

Cologneはイタリア生まれのフランス語っぽい。

そう言えばケルンはAD50からローマ人が入植し、アルプス以北の通商の要所として栄えた街だ。今もケルン大聖堂のすぐ前にあるローマ・ゲルマン博物館に行くと、まったくドイツ人には見えないローマの彫像が沢山飾られている。 ラインのほとりを掘るとゴロゴロ出土するんだって。植民地時代ケルンはイタリア語で「Colonia」と呼ばれていた…って、それってただの「植民地」じゃんね。

そんなわけで「オー・デ・コロン」も元をただせば「植民地の水」という身も蓋もない名前だったのだ…と終わるのは愛好家に悪いのでちょこっと調べてみたよ、コロンの生まれた経緯を。

コロンの歴史


Joliqueによると、コロンを発明したのは、スイス国境にほど近いヴィジェッツォ谷出身のジャン・パオロ・フェミニスというイタリア人の床屋らしい。

新天地ドイツで出世を夢見て故郷を離れ、ここでぶどうのスピリッツと橙花油、ベルガモ、ラベンダー、ローズマリーを配合した水を発明し、「Aqua Admirabilis(アックア・アドミラービリ、驚異の水)」と名づけた。

1709年に売りだしたところ大ヒット。晩年跡取りとしてイタリアから呼び寄せた甥のジョヴァンニ・マリア・ファリーナ(独Johann Maria Farina)が1732年に家業を継ぎ、胃痛から歯茎の出血まで何にでも効く万能水として宣伝する。

やがて七年戦争でやって来たフランス人、オーストリア人、ロシア人兵士がこの水を持ち帰って海外に広まり、ジョヴァンニは商品名をフランス風の「Jean-Marie Farinà Eau de Cologne」に変え、今のオー・デ・コロンという名が生まれた。

コロンはルイ15世の側室たちにも愛用され、「ナポレオンが1日1瓶開けてるってよ」と聞いたジョヴァンニは早速パリに出店。この人気にあやかろうとコピーのまがい物が沢山出回る。

ジョヴァンニは元祖コロンの調合をLéonce Collasに売ってイタリアに隠居したが、Collasもコピー品に悩まされる同じ問題を抱え、1862年に調合法を手放してしまう。これを買ったのが今の「Parisian Eau de Cologne」製造元のRoger et Galletである。

一方、フェミニとファリーナ両家の子孫にも香水づくりの伝統を受け継いだ人が何人かおり、ドイツ側の末裔から調合法を買う(?)とかしてドイツ版コロンを売り出したのが、ケルン生まれの調香師Wilhelm Mülhensだ*。Mülhensは1792年に店を出すが、その住所が「4711 Glockengasse」だったことから、このコロンには後年「4711」という名がつく。

短編小説『ティファニーで朝食を』で主人公ホーリー・ゴライトリーがうなじに吹きつけるのが、この世界最古・世界最長寿のオー・デ・コロン「4711」。

*追記:Mülhens公式社史には「1792年にカルトゥジオ会の修道士から結婚祝いに教えてもらった”奇跡の水”のレシピが源流」とあって元祖とは別物っぽい。Wikipediaによると本物の末裔ではなく、Farina姓を持つ他人からFarinaの商標使用権を買って売りだし、1835年にFarinaに訴えられて営業停止になったが、これに懲りず息子がイタリアに飛んで別のFarinaさんを見つけてきてFarinaで売ったがまた訴えられたので、孫が1881年に「4711」と改名したものらしい。

[Jolique.comLorenzoDanteFerro]

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