(村上春樹「東京奇譚集」が①どういうものかマッタク何の前知識もないまま②これからお読みになるご予定の方は読まないで下さい。グラフィクス入れます。)
I was completely fooled by Haruki.
I wonder how many of you who read his latest short novel collection "Tokyo Kitan Shu" (above) believed in what he said in the introduction. I did. And it was only when I came across the English version posted on the New Yorker Online (below) that I finally realized they are not based on the true stories. Look, both are classified as FICTION!
A SHINAGAWA MONKEY
WHERE I’M LIKELY TO FIND IT
Of course, it's a kind of story too weird to be true, but things like this do happen (though I've never seen a monkey talking our language.)
All five stories from Tokyo Kitan Shu will be compiled in his upcoming collection of short fiction, BLIND WILLOW, SLEEPING WOMAN (to be released on Aug. 29).
Haruki Murakami: The Official Website
Haruki Murakami: The Unofficial Website
Haruki Murakami: Links
The New York Times: Haruki Murakami
The Salon Interview: Haruki Murakami(12.16.1997)
The Guardian | Marathon man(2003.05.17)
こんなこと書くとワタシ自身のクレディビリティが疑われそうで怖いんだけども…見事に騙された、「東京奇譚集」に。あれ信じるのって、この広い地上にもしかしてワタシ一人?情けない。
さすがに猿が喋り出した時にはオカシイとは思ったが、「これはなんかのアナロジーか猿芝居。それにても種明かし忘れるなんてヒドいねえ」と軽くスルー。でもとうとう見てしまったんだ、英訳を。↓
品川猿(A SHINAGAWA MONKEY)
どこであれそれが見つかりそうな場所で(WHERE I’M LIKELY TO FIND IT)
ほら、タイトル脇にあるでしょう、はっきりと。
NewYorkerが嘘つくわけないし、この7文字を見た時の憤激と言ったらそりゃもう(笑)。「げげ、やっぱり?そりゃないよー、え?」。まるで「ドッキリ○秘」のクライマックスで隠しカメラに噛み付く売れない芸能人の如しであったよ、喩えが古いが。
だって村上は冒頭こう断っているではないか。
いけシャーシャーと。不審な点は猿以外にも山ほどあった。情景描写がやけに細かくて「こんなこと他人の村上がなんで知ってんだ?」とか、「はて?綱渡り兼会社経営なら何かで見知っているはずだが・・・」みたいな。思い返せば何から何までが怪しい。ところが疑いのメーターが上がるたび、ダリの歪んだ時計の隣に、またまた冒頭の別の下りがボヨ~ンと浮遊してくるのだ。
なもんだから「何かで見知っていなきゃオカシイ」は「日本離れて10年経つしワタシが知らないだけかも」になり、「もしかして職業は綱渡りじゃないかも」になり、「細かいところは想像で補ってフィクションぽく仕立てたのかもね」になるわけだよ。まさか全部嘘っぱちだなんて。アメリカでこれやったらJames Freyの「A Million Little Pieces」だからね!ま、信じる阿呆はワタシ一人だろうし「FICTION」とあるから心配ないけど。
ん?でも改めて読んだら主語は「彼が」になってるね。てっきりこれ、本全体にかかる前書きだと思い込んでたよ、一話分にしちゃ長過ぎやしないか?ああ、もう。
言い訳になるが、こういうシンクロニシティに近い体験はワタシにもある。人の生死に関する話なので文字にするのは止めておく。ユングや手相見の助けを借りずとも、その意味するところはあまりにも明確だった。起こる以外ない、というか。強い意志の力を感じる出来事でありながら、それが何によるかは今もって分からない。
I was completely fooled by Haruki.
I wonder how many of you who read his latest short novel collection "Tokyo Kitan Shu" (above) believed in what he said in the introduction. I did. And it was only when I came across the English version posted on the New Yorker Online (below) that I finally realized they are not based on the true stories. Look, both are classified as FICTION!
A SHINAGAWA MONKEY
WHERE I’M LIKELY TO FIND IT
Of course, it's a kind of story too weird to be true, but things like this do happen (though I've never seen a monkey talking our language.)
All five stories from Tokyo Kitan Shu will be compiled in his upcoming collection of short fiction, BLIND WILLOW, SLEEPING WOMAN (to be released on Aug. 29).
Haruki Murakami: The Official Website
Haruki Murakami: The Unofficial Website
Haruki Murakami: Links
The New York Times: Haruki Murakami
The Salon Interview: Haruki Murakami(12.16.1997)
The Guardian | Marathon man(2003.05.17)
こんなこと書くとワタシ自身のクレディビリティが疑われそうで怖いんだけども…見事に騙された、「東京奇譚集」に。あれ信じるのって、この広い地上にもしかしてワタシ一人?情けない。
さすがに猿が喋り出した時にはオカシイとは思ったが、「これはなんかのアナロジーか猿芝居。それにても種明かし忘れるなんてヒドいねえ」と軽くスルー。でもとうとう見てしまったんだ、英訳を。↓
品川猿(A SHINAGAWA MONKEY)
どこであれそれが見つかりそうな場所で(WHERE I’M LIKELY TO FIND IT)
ほら、タイトル脇にあるでしょう、はっきりと。
FICTION
NewYorkerが嘘つくわけないし、この7文字を見た時の憤激と言ったらそりゃもう(笑)。「げげ、やっぱり?そりゃないよー、え?」。まるで「ドッキリ○秘」のクライマックスで隠しカメラに噛み付く売れない芸能人の如しであったよ、喩えが古いが。
だって村上は冒頭こう断っているではないか。
でも僕が書いたことはほとんど誰にも信じてもらえなかったみたいだった。「あれ、どうせ作り話でしょう」と言われたことも幾度かあった。どうやら小説家だからというだけで、僕が口にする(書き記す)話はみんな多かれ少なかれ「作り話」であると見なされてしまうらしい。僕はたしかにフィクションの中では大胆な作り話をする(なにしろそれがフィクションの役目だから)。けれどそういう仕事をしていないときには、わざわざ意味のない作り話はしない。
いけシャーシャーと。不審な点は猿以外にも山ほどあった。情景描写がやけに細かくて「こんなこと他人の村上がなんで知ってんだ?」とか、「はて?綱渡り兼会社経営なら何かで見知っているはずだが・・・」みたいな。思い返せば何から何までが怪しい。ところが疑いのメーターが上がるたび、ダリの歪んだ時計の隣に、またまた冒頭の別の下りがボヨ~ンと浮遊してくるのだ。
個人が特定されることを避けるために、いくつかの事実に変更を加えた。しかしそれ以外は、彼が物語ったままになっている。
なもんだから「何かで見知っていなきゃオカシイ」は「日本離れて10年経つしワタシが知らないだけかも」になり、「もしかして職業は綱渡りじゃないかも」になり、「細かいところは想像で補ってフィクションぽく仕立てたのかもね」になるわけだよ。まさか全部嘘っぱちだなんて。アメリカでこれやったらJames Freyの「A Million Little Pieces」だからね!ま、信じる阿呆はワタシ一人だろうし「FICTION」とあるから心配ないけど。
ん?でも改めて読んだら主語は「彼が」になってるね。てっきりこれ、本全体にかかる前書きだと思い込んでたよ、一話分にしちゃ長過ぎやしないか?ああ、もう。
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言い訳になるが、こういうシンクロニシティに近い体験はワタシにもある。人の生死に関する話なので文字にするのは止めておく。ユングや手相見の助けを借りずとも、その意味するところはあまりにも明確だった。起こる以外ない、というか。強い意志の力を感じる出来事でありながら、それが何によるかは今もって分からない。
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