少女を18年監禁した男に禁固431年。ジェイシー・ダガード証言が再現した地獄:Kidnapping, sexual slavery, freedom through the eyes of Jaycee Dugard



Kidnapping, sexual slavery, freedom through the eyes of Jaycee Dugard

By Robert Salonga
Contra Costa Times
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ジェイシー・ダガード(Jaycee Dugard)さんの悪夢は、バス停に歩いていくその時、始まった。車が近づいてきて、いきなり運転手がスタンガンを当てたのだ。

「突然、男の手が車の窓から伸びてきて、電気ショックを感じました」―木曜公開になった大陪審用資料の写しの中で彼女はこう語っている。「よろめいて後ろに倒れるとそこは…茂みの中でした」

次に覚えているのは、毛布を被せられ、女に地面に押さえつけられたこと。そこから車で遠ざかりながらダガードさんは、後にフィリップ・ガリド(hillip Garrido)と知ることになる男が妻ナンシーに「まんまとやったな、信じられないぜ」と言って大笑いする声を聞いた。それから18年間、ダガードさんは夫婦の元に監禁された。ガリドスは当時11歳の子どもだったダガードさんを床に敷いた藁布団に無理やり寝かし、メタンフェタミンを吸って何度も何度も性的暴行を加えた。最初ガリドスは彼女のことを「スヌーピー」と呼んでいた。自分はセックスの問題を抱えているから、彼女の助けが要るのだと彼女に言っていた。

ダガードさんが受けたおぞましい試練は、正式に一度だけ行った証言に赤裸々に再現されている。2010年9月21日付けのこの証言記録にはフィリップ&ナンシー・ガリド夫妻の手に落ちた彼女がそこで受けた苦しみの全容が、戦慄のディテールに至るまで子細に記されている。

ガリド側弁護人、ヴェーン・ピアーソン(Vern Pierson)地方判事、ダガードさんの家族の反対を押し切って、エルドラド・カウンティ最高裁ダグラス・フィミスター(Douglas Phimister)判事はこの大陪審の証言記録の公開を命じた。もっとも性的にあからさまな詳細は報道陣に配布前に削除するよう求めた。ダガードさんはエルドラドの大陪審開廷1日前にこの証言を行った。もう発見から1年以上が経過していた。



証言は1991年6月10日、サウスレイクタホのWashoan Blvdの自宅から数ブロック離れたバス停に歩いていく時点の供述から始まる。彼女はガリド夫妻に誘拐された後、180マイル(290km)離れた場所まで車で連れていかれた。「永遠に思える」移動の末、辿り着いたのはアンティオキ市郊外にあるWalnut Aveの家だ。どこにいるかもわからず、何故そこにいるかもわからず、彼女は自分を捕えた者たちに助けてくれと懇願した。

「身代金が目的で捕まえたんなら、うちの家族あまりお金持ってませんよ」と言ったのを、現在31歳になるダガードさんは今も覚えている。

彼女は敷地内のどこかにある部屋に連れていかれ、そこが自分の家となった。外界に知られている柵の向こうにある秘密の裏庭には、テント張りの飼育小屋と納屋が建てられた。

性的奴隷を強いる行為は間もなく起こった。フィリップが「runs」と呼ぶ、プレティーンの少女との長い性行為。それが週少なくとも1度あり、それが最初の子を身ごもるまで3年間も続いた。

暴行が始まって数ヵ月後、ダガードさんはナンシー・ガリドに初めて会ったという。ナンシーは彼女のところに食事を運び、夫の性的妄想に付き合う彼女の負担を和らげようと、自分の方から誘って夫とセックスをした、ダガードさんのところで。

やがて1993年の春から夏にかけてフィリップは、ドラッグ所持で仮釈放の条件を違反した罪で約1ヶ月刑務所に入る。出所した時には足首に現在地探知用アンクレットをつけていた。

「runs」はダガードさんが1994年に長女を出産後、回数が減った。ジェイシー(・ダガード)さんもその頃には14歳に成長していた。1998年次女出産後、それはパッタリ止まった。フィリップ・ガリドは、次女が生まれて自分も別人に生まれ変わり、みんなひとつの家族として生きたい心境になったとぬけぬけ主張している。

こうしたことが起こっている間もずっと彼女の中には、これは間違ったことだ、という意識はあったのだが、自分を囚えている者たちにあまりにも深く依存するようになっていた彼女は、自力ではとても逃げられまいと思い、仕方なく、この気の毒な連中の気持ちを正面から理解しようと努めた(訳註:自分から逃げず、捕まっても最初は庇おうとするなど、重度のストックホルム症候群に罹っていた形跡がある)。

「どうしていいかわからなかったんです」「自分には何もなかった」(ダガードさん)

軟禁中、ガリド夫妻は公園に行って子どもたちを隠し撮りしていた、とダガードさんは言う。これらのビデオはガリドの自宅から見つかったが、壊されていたため、刑事らは南カリフォルニアからNASAを召喚し、テープを元に復旧してもらった。尚、その具体的な話は証言記録には盛り込まれていない。

自称「家長」のガリドは印刷屋を始め、ダガードさんに仕事を任せた。その頃にはアンクレットも「アリッサ」と名乗っていた。

フィリップ・ガリドが娘2人を連れて何を思ったかUCバークレイに現れ*、怪しく思った担当者が警察に連絡してダガードさんの監禁が明るみになった2009年8月26日、一家はコンコード市内の保護観察司のところに全員召喚された(訳註:サンフランシスコのFBIに性倒錯者[ガリドは暴行、誘拐レイプの前科2犯]の改心について4ページのエッセイを提出後、イベントを開く許可を求めにUCBに寄ったもの。自分のようなレイプ前科者でも真人間になれる、という福音を広めようとしたら、レイプ監禁18年の足がついた)。

ダガードさんは警察に万が一尋問されたら「口裏を合わせろ」―つまり弁護士を呼べ― と言われていた。が、刑事は彼女をひとり別の部屋に連れていったため、何を訊かれても答えは要領を得なかった。それでも尋問から解放され車に乗ったところで、証言内容の食い違いに気づいた刑事が走ってきれ連れ戻された(訳註:ガリドは3人とも親戚の姪だと話し、ダガードさんは2人は自分の娘だと話し、娘2人はガリドをパパと呼んでいた)。

ダガードさんの取り調べ室に女性刑事がやって来て、「フィリップ・ガリドが自供した」と話すと、ダガードさん(当時29歳)は泣き出した。刑事は彼女に本名を尋ねてみた。

「自分の名前は18年間口にしたことがないので話せない、と言いました」と、ジェイシーさんは言う。

なら紙に書いてごらん、と刑事は頼んでみた。すると彼女はペンを紙に持っていった。こうして彼女の悪夢は終わった。

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エルドラドの法廷は木曜、フィリップ・ガリド(60)に禁固431年、妻ナンシー(55)に禁固36年の実刑を言い渡した。

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