November 17, 2006

AOLを去ったカラカニス:Calacanis Leaving AOL

Here, I'm trying to explain why Calacanis's departure is a big deal and who he is. 'Revenge of the Dotcom Poster Boy' by Eryn Brown (Wired-Jan 06 issue) is a great reading.

ブログ草創期のエバンジェリスト、ジェイソン・カラカニス(右)が昨日AOLを辞めた(初報/日本語版)。

前々から辞めることは考えていたようだが、師と仰ぐジョン・ミラー会長兼CEOがあんな闇討ちのようなかたち(よりによって自分が右腕として働かないかと持ちかけた相手に追い出されるとはアメリカらしい)で解任になったことが決断を早めた。CEO辞任よりデカデカと報じられている彼という人物は一体…。



(風刺画はHugh MacLeod作: 「カラカニスがAOL辞めたってさ」、
「やつのことだ、Techmeme載るためならなんだってやるさ」)


シリコンアレーのキング

カラカニスはNYブルックリン出身。看護婦とバーテンダーの夫婦の3人兄弟の真ん中に生まれた。第1次ドットコム・ブームの頃、「ソフトウェアは一方的でつまらない、コンテンツがやりたい」とニューメディアの動きを伝える瓦版をNYシリコンアレーで始め、最初は16ページのレポートを自分でコピーして仕分けて綴じ、カフェなど1軒1軒回って置かせてもらった。

媒体の名前は「Silicon Alley Reporter」。バレーで言うとRedHerringsのような位置づけか。バブルの追い風でみるみる300ページに肥え、1口1,000ドルのパーティー券も飛ぶように売れ、鮨つまんでウハウハだったが、バブル崩壊でニュースは閑古鳥。2001年に手放した会社は2003年、ダウ・ジョーンズが買収し現在のVentureReporterとなっている。

彼のソーシャルぶりを雑誌ニューヨーカーは「ザ・コネクター(繋ぐ人)」と報じ、これが後のグラッドウェル著「Tipping Point」(ここで紹介した)の「ザ・コネクター」の原型となった。


ブログのフランチャイズ
このアレーで最も顔の広い男・カラカニスの起業第2弾がウェブログというわけだ。ブログビジネスではゴーカーのニック・デントンが先んじていたが、カラカニスはそこに“スケール”のビジネスを持ち込んだ。

1人、2人ちまちまブログやるんじゃ儲からない。大所帯にしてシステム・広告・渉外なんかの面倒は全部上が引き受けるからブロガーはブログだけ書けばいい、固まれば広告も取れるし-こうして人材を引き抜いていって1年で50のブログを傘下に収め、広告も順調に売れ、昨年10月にはAOLが買収。このとき彼をAOLで働くよう口説き落としたのがジョン・ミラーだった。

このジョンの解任をカラカニスは「About Jon Miller」という長文でこう嘆いている。
今日はとても悲しい日だ。自分が人生の師と仰ぐとても数少ない人物の一人、ジョン・ミラーがAOLのCEOを解任された。

18ヶ月前ミラーたちが引き抜きにきたとき彼らが提案したのはAOLの事業を数10億ドルのサブスクリプション・ビジネスから広告ビジネスに転換するという野心的な計画だった。クレイジーなミッションだ。そして知っての通り自分はクレイジーなミッションならいつでも受けて立つ準備ができている。

このターンアラウンドのチームを率いたのがジョン・ミラーだ。AOLに来たときにはまだサブスクリプションと広告の間で社内が割れていた。それが1年後、ヤフーの成長率を破ってグーグルに次ぐ2番手になった。これはひとえにミラーの手腕による。

ミリオン単位のビジネスしか視野になかった自分がビリオンで物を考えることができるようになったのは彼のおかげ。静かなサムライの今後に幸多かれと願う。(抄訳)

ビリオン…か。今度は何を始める気なんだろう?

UPDATE: セコイア・キャピタルに入ったようですね(詳細)。

[おまけ/Off-Topic]
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